趙雲
小説「夏侯覇仲権」17話






すぐさま別の部隊が何重にも趙雲を囲む。

趙雲の繰り出す早業は甲冑の隙間から敵将の咽喉を突き、

振り回す柄で無数の相手を吹き飛ばした。

どれだけの敵兵がかかっても鎧袖一触、

最早趙雲に当たるべき者はいないのである。

そこへ旗を掲げた一隊が現れた。旗印を見ると張郃である。

かつて袁紹の元で顔良・文醜と並び称された勇将であった。

趙雲は思わずため息をついた。戦って負ける相手ではないが、

張郃ほどの名将であれば易々と討ち取らせてくれるわけがない。

長丁場の勝負になるだろうが、そんなことをしている余裕はない。

討ちかかってきた張郃はすぐには勝負をかけようとはせず、

のらりくらりと攻防を引き伸ばす。

体力を奪うことを優先させようとしたのだ。

趙雲はその術中にはまった。

突きの間合いに踏み込もうとすると張郃は距離を取る。

趙雲は焦った。

しかし、不用意に逃げるには危険過ぎる相手である。


――已む無し!

趙雲は覚悟を決めた。

隙を見て距離を開けると、秘匿の投槍技を繰り出した。

愛槍を張郃自身ではなくその乗馬の腹に命中させる。

落馬した張郃を尻目に趙雲は全力で走り去った。

背負っていた剣を鞘から抜く。

途中で敵将夏侯恩から奪った青釭の剣である。

この剣のことは趙雲も知っていた。

柄に刻まれた「青釭」の文字に趙雲は祈る。

本当に名剣であるなら、その力で阿斗劉禅を劉備の元に届けることができるはずだ。

常に槍を得物としていた趙雲である。

だが体力を温存して景山まで逃げ延びなくてはならない今、

槍を振りかざしていては体力の消費が激しい。

この場は短くて軽い剣のほうが有利であった。

向かってきた次の敵将の矛を払うと、趙雲は敵の懐まで飛び込む。

そして、胸から腰まで青釭の剣で斬り下げた。

あぁ、青釭の剣!鉄でさえ泥のように切り裂くという天下の宝剣!

趙雲の一撃は敵将の甲冑を切り裂き、その身体を一刀両断にした。

勢い余って乗馬の背中まで切り裂いたではないか。





「おぉ!!」

切れ味の凄さに趙雲は唸った。

その光景を見た曹軍の兵たちは戦慄を覚えて道を開けた。

趙雲の手に握られた青釭の剣の一撃は、青い稲妻であった。

振り下ろした剣先から稲妻が発せられ、

将の身体から馬まで切り裂いたかのように見えたのだ。

この一振りで青釭の剣に命が注がれた。

人龍によって本来の能力が引き出されたのである。

夏侯恩の武力では使いこなすことができていなかった。

燐を放ち、青い恋情を切り裂くのが精一杯であった。

趙雲という主を得て、遂に青釭の剣は本来の輝きを放ち始める。

まだまだ曹軍の包囲網は抜けていない。

無人の野を行くが如く馬を走らせ、青い稲妻で敵を斬りまくる趙雲は青い人龍であった。

馬延・張顗・焦触・張南の四将が揃って馬を走らせ、趙雲を取り囲んだ。

これまで獅子奮迅の戦闘を繰り返してきた趙雲は

既に両肩で息をするほど疲れ切っていた。

それでも一人では敵わないと悟った四将は揃って撃ちかかってきた。

だが、趙雲の身のこなしと馬の操り方は天下の至芸である。

四将の繰り出す槍の合間を見つけると張顗を袈裟懸けに斬り捨て、

返す刀で馬延の首を刎ねる。

怯んだ焦触・張南の隙を逃さず、両名を討ち取った。

趙雲の素早い剣さばきと、

青釭の剣の切れ味が重なればそれは恐ろしい凶器である。


丘の上からその光景を眺めていた者がいる。

追いついてきた曹操だ。曹操は趙雲の顔を知らなかった。

それもそのはず、趙雲は汝南から劉備軍に加わったばかりのまだ新米であり、

これまでは関羽・張飛の勇名の陰に隠れてしまっていたのである。

だが、その武技は関羽・張飛に引けを取らぬものであった。

この長坂坡の活躍で趙雲は一躍勇名を馳せることになる。

曹操はその万夫不当の敵将に見惚れた。

周囲の者に尋ねると、李典が答えた。

「趙雲子龍です。博望坡では奴に随分とやられました。

劉備軍は関羽・張飛だけではありませぬぞ」

それを聞いた曹操はいつも癖を出してこう伝令を出した。

――趙雲に向けて弓矢は使うな。無傷で生け捕れ。

耳を疑う伝令である。

趙雲の如き一騎当千の武将は雨のように矢を降り注ぐか、

疲れを待って多勢の槍にかけるかでもしなければ討ち取ることは難しい。

落とし穴を掘って罠にかけるには時間がなさ過ぎる。

生け捕る方法など、皆無に等しいのである。

曹操独特のこの癖が、結果的に趙雲を救った。

関羽に続いて、趙雲をも救った。





長坂橋が前方に見えてきた。あの橋を越えれば、劉備に合流できる。

趙雲は最後の力を振り絞り、必死で活路を開いた。

しかし、また敵将に囲まれる。

夏侯惇の部下で、鍾縉と鍾紳の兄弟だ。

力自慢で知られる鍾兄弟は共に大斧を持ち、重い一撃を加えてくる。

趙雲の青釭の剣は両名の大斧を良く防いだが、如何せん体力が残っていない。

さすがの名剣も数え切れないほどの敵を斬ったせいで切れ味が鈍ってきている。

強行突破を図ろうとするが鍾兄弟は上手く馬道を塞いで、そうはさせまいとする。

その時、長坂橋の方向から怒声が聞こえてきた。

「おい、趙雲!!もう少しだぞ!!この橋を渡れ!!」

張飛の声であった。

あまりの声量に思わず鍾兄弟は長坂橋の方に視線を向けてしまった。

趙雲は思い切って鍾縉の懐に飛び込み、渾身の力を揮って胴を払う。

鍾縉の胴体は鎧ごと真っ二つになった。

一対一になれば鍾紳は趙雲の敵ではない。

あっという間に青龍の餌食となった。

趙雲の馬は既にくたびれ果てている。

これが最後だとばかりに馬を励まして長坂橋へと向かう。

逃がすまい、とばかり文聘が兵を上げて後ろから追ってくる。

「良くやったぞ、趙雲!後は俺に任せろ!」

張飛がそう怒鳴り、趙雲に長坂橋を渡らせる。

曹操軍数十万に満ちた長坂坡を一匹の青龍が駆け抜け、

阿斗劉禅を無傷で劉備へと届けたのである。



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