李白 月







月はいつも人間の頭上にあり、今現在だけでなく、先祖の代、

そのもっと前の先人たちもまた、同じ月を見ていたことに違いない。

その思いに加え、中国では古来より今頭上にある同じこの月を、

遠く離れた故郷の旧友が見ているのかもしれない、

または遠くに置いてきた家族が同じく今夜の月を眺めているかもしれない。


月が悲愁の思いを起こさせるものであるから、親しい人を思いながらうたったのだろう。

当時の科学知識では自然界の現象である天象は充分に解明しきれず、

月の満ち欠けの不思議と自分の心を重ねて物思いにふけるのが

月の典型的な鑑賞方法だったのだ。

例えば杜甫はその流れを受けて、「今夜フ州の月 閨中只だ独り看るならん」とうたい

遠くフ州に疎開させている妻子のことを思っている。


今自分が見ている月は鏡であって、どれだけ距離があったとしても

その天空の鏡を通して大切な誰かと思いがつながっている、という発想が

中国古典詩の常道だったことを窺うことができる。


そんな中で李白という詩人は、月という存在を

また別の角度から詩の世界に取り込むことを行っている。


「月下の独酌」の句に「月をわたしと我が影と気楽な三人の酒盛りとなる」とある。

この歌は、唐の玄宗皇帝から表向きは「酒癖が悪いので宮廷務めの器ではない」

と一方的に宮廷お抱えの詩よみ役を解任されたことへの抵抗

という意味もあったのかもしれないが、

寂しい感情に浸ることを優先してきたそれまでの漢詩世界の月のイメージを、

明るく前向きで洒脱なものに捉えたという意味で注目に値すると思う。


詩はその後に

「酔うて後は各おの分散す 永く無常の遊を結び 相に期す 雲漠遙かなると」

と続いてゆくが、ここでは酔ったときは一緒の仲間だが

酒が冷めたらそれぞれ別々になったとしても、

またいつか天の川の元で再会しよう、と言っており、

李白の自由な発想はついに月をも自分の親しい友人の一人に見立ててしまい、

また会って酒を飲もうと呼びかけているのである。


「靜夜思」では句頭から「牀前月光を看る」とうたい、

これもそれまでの月にイメージしていなかった行動を李白はとっている。


つまり、自分から月に向かって心を寄せようとする従来のアプローチに反して、

月光そのものを自分の目の前に引き寄せたのである。


旅路の途中の宿、夜更けまで眠れないベッドの上で物思いにふかっていると、

ふと部屋に差し込んできた月光が

まるで目の前まで注いでいるかのように見えたのだろう。


そこから山上の月に視点を展開して遠くの故郷を思う李白の視点は

月に始まって月に終わっており、月を目の前に引き寄せてしまったのは異例だが、

心の動きは月を通して自然そのものである。


その後に続くのは「頭を挙げて山月を望み 頭を低れて故郷を思う」と、

月に故郷への思いを重ねるのは従来の月のイメージ通りであるが、

この二つの詩で李白がよんだ酒の友としてのポジティブな月、そ

して月光を自分の目の前に引き寄せるという発想は漢詩における異質である。


詩仙と呼ばれ着想の自由さ・豊かな想像力・豪快な詩風を魅力とした

李白ならではの発想の自由さ、

既存の概念に捉われることなく自分のありのままの感情を詩にうたうことができるという

斬新さをこのふたつが体現しているようだ。


そんな月のことを数多く詩に残した李白だからこそ、死に至ってまで

酒を飲みながらの月見の船で揚子江の水面に映った月を

手に取ろうとして落水して水死した、

という伝説まで人々に残されてしまったのだろう。


いつの時代も、いつまで経っても月は不変だが、人は常に変わってゆくもの。


ましてや王朝がめまぐるしく変わってゆき、

明日どうなるか分からない時代に生きてきた

中国の人々には月は格別に不思議な存在だったに違いない。


それが月を物思い・人思いの象徴にさせ、漢詩の世界でも

その中国人の根本意識が月のイメージを作り上げたのだろう。

長い漂泊の果てに獲得した士官の道も他人の中傷で急に閉ざされ、

望んだ政治参画に関してはまったくの不遇の人生を送った李白だからこそ、

不変の月を理想と見立てて詩にしたのだとわたしには思えてならない。

実は李白は月を美的によむその裏側で

張り裂けるばかりの悲痛な心を抱えていたのではないか。

その李白の心中を察するに、詩的なものよりも痛々しいものを感じるばかりだ。







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